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鎮魂

小学生を惨殺した男が死刑が執行された。
死刑の執行は異例の早さで行われたらしい。
世の中がざわめきたった。

「死刑はもっと男が反省してからの方が良かったのでは?」
「男のやったことは極悪非道。死刑は当然」
「簡単に男が死んでしまえるのが悔しい。」
「もっと獄中で苦しい思いをしながら生き続けて欲しかった」
「死刑執行で、本当の区切りがついたのかもしれない」

いろんなところで、いろんな人が、いろんなことを考えている。
その思いに正解、不正解はない。
裁判で決定が下されたことだから、法的には正しいことではあるが、
死刑がいろんな意味で本当に妥当であったかどうか、というのも分からない。

いくら男が大勢の小学生を殺傷したとはいえ、
命の重さは殺された子どもたちより軽い、
なんていうことはない。
だからといって、死刑は良くない、とも断言できない。

死刑が執行されて、多くの人が気づいたこと。
男が死んでしまっても、殺された子どもたちは戻ってこない。
心の傷が一気に癒えることもない。
何も変わらない。

男がどんなに悔い改めても、
死をもって償ったとしても、
重い十字架を背負って生き続けたとしても、
失われた命は戻ってこない。

無力な私に一つできること、
それは「祈ること」
ただ、それだけ。