天使の卵

村山 由佳さんの小説「天使の卵」が映画化されるというニュースを聞いて、ふと思い出したこと。小説の内容とは全く関係がないのでご注意ください。

あれは垂水の家での出来事だった。
「ホームウォーミング」というには少々遅かったけど、彼氏が引っ越し先の一軒家のお披露目会を開いた時のこと。

何がきっかけだったか覚えてないけれど、ケンカの最中だった。
ケンカじゃないな、両親から交際を反対されて隠れてつきあっていたこと、私がいつまでも実家暮らしをしていることなどを理由に彼氏からなじられていた最中だった。
日常茶飯事といってよいくらい、しょっちゅうあることだったけど、最後まで慣れるわけなく辛いことだった。

今思えば、そんな男なんか、とっとと別れとけって感じなんだけど。
いろんな要素が絡まりあって、あの頃は別れる選択なんてカケラも頭になかった。

私はその日、りんくうで用事があって、その後延々とJRに乗って大阪湾沿いを走って垂水に向かった。
その電車の中で、すでに半泣きだった記憶があるので相当ひどい言われ方をしていたのだと思う。ひどい言われ方も多々ありすぎて記憶にも残っていない。
そんな状態でも、彼氏の元に向かった私は何だったのだろう。
意地をはってたとしか言いようがない。

垂水に着いて、差し入れにビールを買って持って行ったら家には誰もおらず、入り口のシャッターが降りていた。彼氏に電話をかけても留守電になるばかりでつながらない。
しばらくドアの前で待っていたけれど、やっぱり電話がつながらないので今日は招かれざる客だったのだ、と思いながらビールを軒先に置いて私は駅に向かった。
その途中、何度も何度も電話をかけてみたけれど、いっこうにつながらない。

気持ちがすさんでる、なんて状態ではなかった。
せめて現実逃避できるような小説を買って読みながら帰ろうと、本屋さんに立ち寄った。その時に選んだのが「天使の卵」だった。村山由佳を買うのも読むのも、その時初めてだった。
本も買ったことだし帰るか、と、まさに垂水駅に着こうとした時、彼氏から電話がかかってきた。携帯を家に置き忘れたまま、みんなで食材を買いに行ったらしい。

帰ろうとしていたけれども、思いとどまって彼氏の家に戻ったら、彼氏の友人たち(一人除いてみんな外国人)が料理にいそしんでいた。
そしてみんな、軒先にビールを置いて帰ろうとした私のことを心配していた。
私は彼氏の顔を見た瞬間、張りつめていたものがプツっと切れて、涙を抑えることができなくなり、客のいない2階に駆けあがって延々と泣いた。
彼氏の友達が大勢来ている場で、私は彼女として晴れ晴れした顔でおもてなしをするべきだったろうし、彼氏もそれを期待していたけど、そんなことは一切できなかった。
とはいえ、2階でこもりっきりになっている訳にもいかず、なんとか涙を収めて、ひっどい顔で黙りこくって宴の場に座っていた記憶がある。

客人はみんな泊まっていく予定だったけど、私は適当な時間で帰った。
私が帰った後、彼氏は、みんなから、特に親友の彼女から
「もっと彼女を大切にしろ」
と、
しこたま説教されたらしい。
これもまた、よくあることだった。

あの時、垂水の家に集った友人たちも、私たちが別れてしまったようにみんな状況が変わってしまった。
彼氏の親友カップルも別れてしまったし、いつも仲むつまじかった国際結婚カップルは離婚してしまい、その事実は彼氏を絶句させた。

思い出せば、京都の家も垂水の家も、修羅ばっかりだった。
一緒に暮らした1年間を除けば、京都も垂水も遠かった。
もちろん、日吉はもっともっと遠かった。

自分に言い聞かせながら、通った遠い道のり。辿り着いた先での修羅。
そんな繰り返しに疲れ切っていた。
別れてしまった今、私は安らいでる。
長くつきあった彼氏と別れた寂しさをまだ感じたことがない。
遠距離で頻繁に会うことがままならなかったので、未だ実感が伴わない。
でも、重い荷物をおろしたときのような安堵を感じている。
淋しいオンナと言われるかもしれないけど、しばらく男はいらない。
近くにいなかったから「おひとりさま」も慣れっこだし。

♪もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対
と、そのうち歌えるようになるかな。
今は、もう恋なんてしない、で気持ちは止まってる。

小倉千加子の言葉を借りるなら、
自分が女ではなく人間だったことに気づいた私には、
男との恋愛は、もはや容易なものではない。