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下品やっとくしかない

miimiさんとこにアップされてたピーチマークに触発されてしまいましたよ。。

2003年のツアーでZeppに置かれていたチラシで岡村ちゃんが、自分がトリビュートされたアルバム「どんなものでも君にかないやしない」について語るくだりがある。
これは岡村靖幸以外の誰にも言えない、すごく印象的でお気に入りの記事だ。

「トリビュート盤に参加した人たちはほとんど知らなかったけど、聴いてて楽しかった。ぼくの曲をそのままやるんじゃなくて、こう解釈してくれているのかとか、リスペクトだけじゃなくて建設的。ただ、達郎さんや桑田さんよりオレのほうが早くトリビュートされて、こそばゆかったけど」
 ストレートに喜ぶ一方で、彼らしい視点でこう語る。
「カバーの選曲が『だいすき』とかポップな曲ばかり。下品な曲は選ばれていない。だったら自分で下品やっとくしかない。次のツアーではがんばってみたいな」


ライターはその言葉を受けて、
「おそらく岡村の下品ナンバーは、靖幸でしか表現できないのだ。他のアーティストでは絶対にそのニュアンスを伝えられないのだ」
と書いている。

ベイベ友とキャーキャー言いながら記事を読んで、チラシを握りしめて、記念すべき復活DATEの1曲目は何だろう、とドキドキしていた。
いろんな曲のイントロがたくさん流れて、あれか?これか?とそのたびに狂喜させられながらも曲が始まらず、焦れてしまったベイベ友が、私の隣で「靖幸クーン、早くぅ〜」と叫んだ時、「いじわる」が始まった。
記念すべきDATEの1曲目が「いじわる」、つまり彼曰くの「下品な曲」であったあの時の驚きと感動たるや。

トリビュートを聴きながら
「やるねぇ、きみたち」
と言いながらも、
下品な曲を料理することができないなら、僕が見せてあげよう、
いや、僕にしか「下品」はできないんだよ、と
岡村靖幸ここにあり!を見せつけられたような気がした。
それはまた、どんなに長くひきこもっていても色褪せることない彼の存在意義を世に知らしめた瞬間でもあった。

1曲目に「下品」を持ってきたのは、誰がどんなに自分をリスペクトしてもどんな解釈をしてみても、自分の下品は自分以外の誰にも表現できないことを体現してみせて、「できるものなら、やってごらん」と挑発しながら自分が唯一無二の存在であることをオーディエンスに見せつけるためじゃないか、
とまで思ったのだ。

今、こうやって何度読み返してみても、この記事からは岡村ちゃんの復活への確かな胎動が聞こえ、キラキラと光って見える。
あんな情熱的な言葉はない、と思う。
「だったら自分で下品やっとくしかない」
と語った彼を信じて、いつか分からないけど、
今度はどんな「下品」を彼は見せてくれるのだろう、と、その日を待ってる。