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勝手に内田的恋愛論その2

「勝手に内田的恋愛論」の第二回目。
会社帰りに「先生はえらい」を読み返しながら、この話はいったい
何回続くんだろう。。なんて思っておりました。
一つ前の話も、もう少し練れたらなぁ、と思うところがあるので、
書き直しちゃうかも。

本日は、「ドキドキするということ」

要は恋に落ちるキッカケって何だってことなんですけどね。
好きな異性のタイプって、誰もが持ってると思うのですけど、そんな
ルックスや性格をはじめとする自分の好みが揃っていたら必ず恋に
落ちるわけではありません。いざ、会って話してみるとその気になれない、
ということはあります。条件はそろっているけど、どきどきしない。

 ということは、恋が始まって、かーっとのぼせてしまうきっかけというのは、
学歴とか年収とか身長とか顔の造形とか服のセンスとかいうような外形的・
定量的な条件ではないということですね。
 好きになった人の「中身」が、ほかの人と比べて定量的に多いか少ないか、
良質か劣等かという比較計算をした後になってから私たちは恋に落ちるわけでは
なりません。


中には打算で、条件が揃っているからこそ恋に落ちるというか、条件が
揃っていることで自らをその気にさせてしまう御仁もいるようですけど、
たいていの場合は、そういう訳にいかないと思われます。
何が不満なの?と問われても「・・・」みたいな。
私は何度もお見合いをしてますけど、どんなに条件が揃っていても、
ダメなものはダメ。メガネ・フェチで、メガネにはかなり弱いのですが、
おみぃくんのメガネはいただけない。

じゃ、何に「ドキドキ」するのかというと、「どきん」のきっかけは、
実在するものではないと内田先生はおっしゃいます。
にこにこおとなしそうな少女の目にときおりよぎる「底なしの哀しみ」とか、
凶暴な面相の少年が捨て猫を見るときにふとみせる「慈しみにあふれたまなざし」
とか、そういう意外性が「どきん」のきっかけでしょ?


つまり、見た目とのギャップを見つけた時にドキッとすると。
女性雑誌の恋愛特集にもよく出てくる定説ですね。とはいえ
「あ、この人には、そういうところがあるんだ」と思い、「そういうところ」に
気がついているのは私ひとりだという確信があるから、どきどきしちゃう
のです。 

内田先生は、この「どきどき」を道の先に一万円札が落ちているのを見つけた時
の反応になぞらえています。
道の先に一万円札が落ちていて、それに道行く人はどうやら誰も気づいてない、
というときは、どきどきしますよね?
「あ、誰も気がついてない・・・あと五歩ゆくあいだに、誰も気がつかなければ、
オレのもんだ」と思って歩く五歩はどきどきします。
「自分だけが知っている」ということにどきどきするってことですね。


恋に落ちたときのきっかけを、たいていの人は「他の誰も知らないこの人の
すばらしいところを私だけは知っている
」という文型で語ります。みんなが
知っている「よいところ」を私も同じように知っているというだけでは、恋は
始まりません。


ドラマやマンガ、恋愛小説なんかで、恋に落ちてる人は、好きな人が
どんな風に言われても「あの人はそんな人じゃない。私だけは知ってるの」
みたいな物言いをします。「他の誰も知らないこの人のすばらしいところを私だ
けは知っている」の典型ですわね。それを鑑みると、誰も知らないことを
私だけは知っているという「誤解」から恋が始まる、と、確かに言えるのかもし
れません。数少ない経験を振り返ってみても、なんとなく当たっているような気がします。



ちなみに、今回の話とは関係はないのですが、ジェットコースターに乗ったり
お化け屋敷に入ったりという、別な意味でドキドキする環境で一緒にいた異性に
は恋に落ちやすいのだそうです。
「なーにー、あんなヤツ〜」って言ってても、何かの拍子にどきんとして
恋に落ちてしまうことがある。その「どきん」も意図的に作れるということです。
ただし、それが長持ちするかどうかは知りません。

本日はここまで。
次は「オチのない話をしてしまう理由」について書く予定(あくまで。)