瞳の奥

これから先のの話はノン・フィクションかもしれないし、
フィクションかもしれない。



「アイリーディング」という看板を見て、彼女は立ち止まった。
ブースにはリーダーとおぼしき男性が一人座っていた。
この「アイリーディング」とは、目の虹彩の中の色々な模様の位置からその人の
抱く問題や課題を解読する、という代物である。

彼女は人と話をしていて
「まるで自分の心の内を読まれているみたいだ」
と言われることがよくある。だから、アイリーディングを見て
「瞳をのぞいて私の何が読めるの?」
と半ば挑発的な思いにかられ、リーディングをお願いすることにしたのだった。

「このリーディングをうけようと思った理由は?」
と尋ねられたので、まさか「瞳を見て私の何を読み取るのか知りたくて」
なんて言えるわけないから、
「このところストレスが高いことが多いので。。」
とぼやかした返事をする。

リーダーは、まず彼女の右目をルーペでのぞき込んで言った。
「家族との葛藤・・良い子でいようとする傾向があるようです。
相手の感情をキャッチすることができるから、その人の望むとおりに
動こうとして自分が本当にやりたいことができないでいる。
そこで葛藤が起こっています。相手の期待を読んで動くけど、自分が本当に
やりたいことではないから表面的な動きになるんです。」

そういう部分は大いにあるな、と彼女は思った。
でも、この程度のことはリーディングでなくても言われることなので、
特に驚くこともなかった。

リーダーは、また瞳をのぞき込んで言った。
「依存心が非常に強いです。
子どもの頃、両親からの愛情が薄いと思ってた?」

「いいえ。逆に両親・・特に母の愛情が強すぎて縛られているような気がします。」

「捨てられないようにしがみついてる感じがするのですけどね。」

リーダーの言葉を聞いて、幼い頃から「この家の子じゃない」と親から
捨てられるのではないかとビクビクしながら、親が怖くて反抗期に反抗もできな
いまま、彼女は大人になってしまったことを思い出したのだった。

リーダーは左目をのぞきこみながら
「・・・セクシャリティセクシャリティの歪み・・?
心に封印している思い出したくない経験があるみたいです。
・・とても怖い思いをしたとか・・男性に襲われたことがあるのでは?」

この言葉を聞いた時、彼女は「しまった。。」と思った。
だから男性にリーディングしてもらうことは避けていたのに、と。
でも、これも自分が選んだこと、チャレンジをしようしただけのこと、
と思いなおす。彼女は平静を装いながら
「女性に生まれてきたから、痴漢被害なんかはありますよ。
痴漢被害なんて、ほとんどの女の子が体験していると思いますけど?」
と言った。
「いや、そんなものではなくて襲われる・・そう、トラウマになるような
もっと深刻で思い出さないようにしている被害体験があるのでは・・」

その場しのぎで逃げ切ろうとしたけれど、畳みかけるように質問が続き、
彼女は思わず天を仰ぎ、観念して、
「・・はい、男性に襲われた経験があります。
男の人は基本的に怖いです。怖いか大丈夫かの二通りにしか分けられません。」
絞り出すような声で言った。

普段は封印というよりも思い出す必要がないから思い出さないでいるけれど、
思い出せと言われて目を閉じたならば、今でも鮮明に覚えている体験がある。
10年以上たったにも関わらず、夏の終わりから秋にかけて毎年苦しくて
今年だって少し前まで苦しんでいたではないか。
挑戦的なまなざしでリーダーの前に座ったのを半ば後悔していた。

「これはとりあえず結婚しても解決しない問題だということをあなた自身
分かっておられますね。セックスは・・苦痛ですか?」
彼女は苦笑いをしながら「苦痛とか思い出せないくらいご無沙汰ですよ」
と返事をすると、リーダーは微笑みながら
「あなたはセックスを楽しめる素質はあります。ただ、まだまだ傷が癒えてない
みたいです。マッサージみたいに身体に働きかけるものを受けて身体から癒して
いかれたら良いと思いますよ。」
と言ったのだった。

リーディングを受けるだけで、苦しんでいる何かから解放されるなんてことはない。
ただ、客観的にそれを事実として受け入れることで向き合おうとすることで、
解決への道のりが始まるかもしれない、それだけのこと。
ほんの十数分前よりも、やや気持ちが重くなったかもしれないな、
なんて思いながら、彼女はリーダーにお礼を言ってリーディングを終わりにした。

最後にもう一度。
これは実話かもしれないし、作り話かもしれない。
「彼女」は私自身かもしれないし、友人かもしれないし、架空の人かもしれない。