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エンディングノート

映画

梅田ガーデンシネマにて「エンディングノート」を鑑賞。
ドキュメンタリーです。

主人公は、高度経済成長期に熱血営業マンとして会社を支え駆け抜けた「段取り命!」のサラリーマン・砂田知昭さん。すでに故人です。彼が会社を退職し、第二の人生を歩み始めた矢先に胃ガン、それも手術不可能なステージ4の状態で発見されます。そこから、残される家族のため、人生の総括のために、彼が最後のプロジェクトとして「自らの死の段取り」として「エンディングノート」を作成し、成し遂げていく姿を娘さんである砂田麻美監督が描いています。

娘がドキュメンタリーを撮影する仕事をしているとは言え、こんなにカメラを向けられて大丈夫なのかと思うけれど、皆、撮られ慣れているみたい。
今みたいにビデオ撮影が当たり前ではない時代の映像もたくさん出てきて、そもそも撮り、撮られる家族文化だったんですね。

良く死ぬことは良く生きること、という言葉が出てきました。
人はもれなく死んでいく。
ガンは、かかったら最後、みたいな印象があるけれど、死ぬ準備ができる時間を与えられた病気だ、という話を聞いたことがある。

映画はいきなりお葬式前のシーンから始まる。
そう、主人公の砂田さんのお葬式だ。
そして、話は砂田さんが、自分の病気を知り、自分が死ぬまで、そして死んでからの段取りをしている姿を描いていく。家族の戸惑いなどがあるものの、そこに悲愴感はない。

一番印象的だったのは、死ぬまでにやることリストの10番目「妻に(初めて)愛してると言う」
亡くなるまであとわずか、という時なのですが、奥さんに「愛してるよ」と言い、その後の奥さんとの会話は、涙なしに見れなかったです。周りから鼻をすする音がいっぱい聞こえてきました。
ホオポノポノではないですが、「愛してる」「ごめんね」「ありがとう」の言葉に、人間の根元は、これに尽きるのかもしれない、と。
私は、母から聞かされただけではあるのですが、母方の祖母が亡くなる前、病室で祖父と二人きりで話をする機会を作らせたそうです。祖母は、祖父に対して自分がいなくなった後のことで、「・・・するんやで」と半ば説教じみたところもあったみたいですが、「愛してる」「ごめんね」「ありがとう」というのが、やっぱりあったようです。そんなことを思い出しました。

娘さんであり、この作品の監督でもある砂田麻美さんが、お父さんの心の声を語っていることで、視点が本人プラス監督のものになり、湿っぽくないというか、どこかユーモアの漂うものになっている感じがします。

映画の主題歌「天国さん」、ハナレグミの歌がまた良いのです。映画全体の音楽もハナレグミが担当したそうです。音楽次第で、くらーいお涙頂戴な重苦しい画像になりえたでしょうから、死に至るストーリーでもあるのに、明るい印象を与えたのは音楽の力もあると思います。

人は必ず死んでいく。
私はどうやって死んでいくだろう、まずその前に、しっかりと生きなくては、そんな思いになった映画でした。
そして、砂田監督と私は同年代。当然、両親も同世代。
自分が亡くなる前に(願わくば)両親を見送ることになる。
その時、自分はどうやって見送ることができるだろう、とも考えました。

じわっとくる良い映画でした。
客席は年配の方が多かったなぁ。