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記憶の宿る場所

ハモニカ・ライフ

最近、クロマチックハーモニカで、ビリー・ジョエルの「Honesty」を練習しています。

大学生の頃、EVEのステージ、それもメインではない、アウテリアという名前だったと記憶しているのだけど、小さなステージでこの「Honesty」を演奏したことがあります。そのステージで、私はキーボードで伴奏を弾き、ハーモニカは吹いてません。
でも、不思議なことに「Honesty」を吹いていると、そのステージの記憶が蘇ります。
ステージと言っても一段高くなっている程度で、背の低い私にはお客さんとはほぼ同じ目線。サクラ以外、立ち止まって聴く人はたまにいても、ほとんどは通り過ぎる人たち。そんな風景が網膜の奥で再生されます。
EVEだから、S21のBird Landでも演奏していたはずなんだけど、それは出てこない。
教室内のライブハウスという閉じられた空間で演奏しているよりも、野外のステージで演奏している方が、視界が開けていたからでしょうか。

昨年冬の徳永教室の発表会で、譲り受けたハーモニカを吹いた時、そのハーモニカが持っているであろう記憶が私の中で展開しました。前回は物に記憶が宿っていることを体感しましたが、今回は曲に記憶が宿っていることを体感しています。でも、その記憶を見ることができるのは全体ではなく、ほんの一部なんですね。なんだか面白い。

記憶が宿っているもの、と言いますか、思い出す引き金になることっていろいろあります。蘇るのは良い思い出とは限りません。たまに開けたくない記憶の引き出しを、うっかり開いてしまう引き金もあります。
と、書いていて、ちょっとドキドキしてしまいましたよ。。