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母になりました

12月3日の14時過ぎに、帝王切開で2615gの男の子を無事に出産しました。

土曜日におしるしがあり、週末にお産が進めば、と思ったのですが、それ以降さっぱり。

月曜日午前中に誘発したのですが、子宮口の開きが悪く、少しの刺激で赤ちゃんの心音が下がるなど、経過があまり良くないので、午後から手術となりました。

一度は経腟で産みたかったですが、高齢出産で血圧高く、赤ちゃん小さめ、など、リスクがいっぱいなので、赤ちゃんの無事を優先し、手術の決断をしました。帝王切開は、母が出産時の全てのリスクを背負うと言いますし。

実際、赤ちゃんが取り上げられた直後、元気に泣いてる声を聞いて「これで良かったのだ」と思いました。

沐浴直後に顔を見せてもらったら、まだ片目を閉じていて、よく顔が分からなかったけど、なんて白くて小さいのだろう。。と。

ベビーは、外で待ってたダンナ氏に見せられ、そこで写真を撮ってもらったら、保育器へ。私は木曜日朝までは、点滴に繋がった生活ですので、まだ赤ちゃんの顔をじっくり見てないし、抱っこもまだです。

手術したから、昨日の昼から絶飲絶食です。明日から回復食が始まります。私の誕生日の頃に、普通食になってるかな。出産直後に浄化させられてます。

話は前後しますが、当日の朝、普段はお白湯にグリーンスムージーが定番だけど、実家なのでそういう訳にもいかず、パンや野菜スープなど食べました。出産準備で腸をキレイにするだろうけどね、と母。

バタバタと洗濯物を干す手伝いなどをして、ギリギリで出発。

妹と甥っ子、父が外まで見送ってくれました。外は霧が濃く、近所だから良かったけど、そうじゃないなら、遅れたかも。

母が車を出してくれたのですが、病院前で帰るつもりだったようで、診察室に入ることになるなら、予め言ってくれ、とブツブツ。手術の可能性あるから付き添いがいるって言ってたはず。

手術の場合、付き添いがいるけど、
「今日の午後は用事があるから私は無理。」
とキッパリ。えぇ~?みたいな。幸い、ダンナ氏が状況が状況ゆえ、会社を即、早退して病院に来てくれることになりました。

まずは先生の診察。赤ちゃんは降りてなく、子宮口の開きも悪い、とのこと。

手術室で出産に備えた処置をしてからLDRで、子宮口を柔らかくする薬を入れて様子を見ることに。その後、陣痛促進剤。おなかは張るけど、本陣痛にはつながらない微弱なものでした。

途中でダンナ氏到着。来てくれたのは嬉しいけど、いると何かとウルサイ。。集中させてくれ、、みたいな。昼前の先生の回診で、経過が良くないことから手術決定。そこから手術の準備。あと一時間ちょっとでベビーと対面できるとなり、あたふた。とりあえずダンナ氏には、昼ごはんを食べに行ってもらいました。

私は、おなかの子に
「急に暗いところから明るいところに引っ張り出されることになるけど、元気に出ておいで」
と、声をかけてました。出てくる直前まで、動きまわってる子でした。

手術室では、私も産まれた時の姿でモニターやら管やらたくさん付けられました。背中から麻酔を入れるときが一番大変だったかな。おなかの子がつかえるけど、麻酔を入れる体勢を作らないといけないから。

麻酔が効いてきたら、足がぼんやりと暖かくなり、気持ち良さの方に集中。歯医者でかけてもらう麻酔と同じ感覚なんだと分かってから、開腹も怖くなくなりました。赤ちゃんを取り出す時は、リアルにおなかを押されるのですが、おなかが軽くなったのと同時に、元気な泣き声が聞こえ、安心しました。

赤ちゃんを見せてもらった後は、麻酔をかけて後処理。一時間半程度かかったようですが、私はすっかり夢の中でした。全てが終わったら、ストレッチャーに乗せられて病室へ。下半身に麻酔が効いてるので、びっくりするくらい自力は無理でした。

ダンナ氏の両親が早速病院に駆けつけてこられたらしい。私の母も用事が終わって来たようですが、保育器の中のベビーだけ見て帰っていったそうです。最初から、術後は意識も朦朧としてるから、相手できない、と言ってもらってましたし。

ダンナ氏は、夕方まで私の病室にいて、時折、保育器の中のベビーの写真や動画を撮って見せてくれました。見てる限り、ダンナ氏そっくりの子のようです。

ダンナ氏が帰ってしまったら、ウトウトしたり。仰向けだから、細切れにしか眠れないのです。寝返りうてるのって、大切なんですね。

点滴交換や検温、血圧測定など、一時間程度でいろんなチェックがはいり、術後って大変やね。。なのでした。