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ココ

秋に入って涼しくなって、この夏ずっと愛用していたロクシタン
シトラスヴァーベナボディスプラッシュもちょっと違うような気が
してきた今日この頃。

今年に入ってロクシタンにはまってから香水をいくつか買ってますけど、
それまでは秋冬は重い目の香りをつけたいなぁ、と思いながら年中、
それも丸3年は「Pasha!」をつけ続けていたくせに。
「Pasha!」の前だって、季節に合わせて香りを変えたいとか思いながら、
「エゴイスト・プラチナム」を愛してしまって、こちらは5年くらい
季節を問わずつけ続けてたのに。

初めての香水はプチサンボンだったのですけど、2つ目を買った頃から
気分で香りを変えてました。
特に秋冬は重い目の香りが良いなって、「ココ」や「トレゾァ」なんかを
つけていた記憶があります。
今から思うと20歳そこそこで「ココ」をつけていたなんて、
背伸びをしすぎだと思うのですけど、スパイシーだけど温かく乾いた
甘い香りかなり好きで、冬の寒さに似合うなぁ、なんて思ってました。

香水に対してとっても背伸びをしたかったのは、高校生の頃に
はまった森瑤子の小説の影響で、香りがどうのこうの
というよりも彼女の小説の世界に憧れていたのだと思う。


「ココ」で思い出すのは、私がアメリカにいた頃、ニューヨークに住んでた
日本人の女友達のこと。彼女の所に遊びに行った時、私がシャネルの
「エゴイスト・プラチナム」をつけているのを見て
「私、『ココ』持ってるんだった」
なんて言い出して、私が彼女の所に泊まっている間、彼女は毎日「ココ」を
つけていたのです。
朝、お互いに香水をまとった後、一緒に過ごしている間。
帰ってきた部屋で待っている二人の香水の残り香・・
私たちの香りが混じり合うのだけど、同じブランドの香りのせいか、
お互いの香りがケンカをすることなく絶妙な感じで
香水ってこういう楽しみもあるのか、なんて思った記憶があります。
暑い暑い夏のニューヨークで、私だったら汗をかくような季節に「ココ」なんて
似合わないと思うのでつけないのだけど、彼女がヒランとした薄いスリップ
ドレスを着て「ココ」をつけていると、こういうのもアリかなって思ったのでした。

なんでこんなことを書いてるのかというと、今、改めて「ココ」を
つけてみたい気分だから。
涼しくなって少し重い目の香りをつけたいなのだけど、私の持っている
香水では気分のものがなくて。
私が持ってた「ココ」は、アメリカに行くときに誰かに譲ってしまって、
今は手元にないので、買わないといけないのだけど。

学生だった頃、底冷えのする京都のキャンパスの中を
コツコツと靴音を響かせながら歩いている時、コートの中から
ふっとココの香りが鼻腔に立ち上った記憶・・
でも、記憶の中の香りと実際の香りは異なるのかもね。

もうひとつ、私の中で「ココ」と言えば森瑤子の小説。
主人公の女性が女優として成功することでヒモに成り下がってしまった
恋人の男性を追い出し、一波乱あった後のシーン。


 シャワーから出ると、彼女はココ・シャネルのボトルに手を伸ばし、
首筋や腕の内側や乳房のまわりにその香りをちりばめた。
 その温かく乾いた甘い香りは、彼女の疲れた神経を癒した。お酒よりも
男よりも、場合によっては心をしずめてくれるものがあったのだ。

『第11話 ココ・シャネル』
森瑤子「ドラマティック・ノート」


「ココ」の原風景といえば、やっぱりこのシーンですね。
さて、今年の秋冬は何をまといましょう?