淡い思い出

この前、久しぶりに近鉄奈良線に乗る機会があった。
大学時代、特に田辺に通っていた頃に慣れ親しんだ路線である。
夜、外が暗いときに西大寺から難波方面に向かって乗るのが特に好きだった。
生駒から石切までの長いトンネルを越えたら、美しい夜景を楽しめるからだ。
できる限り、難波方面向いて左側に座るようにしていた。
そうすると振り向かなくても夜景が見えるのだ。
それを教えてくれたのは、初めてこの夜景を教えてくれた人だった。

初めて奈良線から石切の夜景を見たのは大学入学した直後のオリエンテーション
期間に4年間所属したサークルの練習を見学した日だった。
練習の後のお茶会に参加した後、当時4回生指揮者だった先輩と家の方向が
同じだったので、一緒に帰ることになった。
サークルや音楽などの他愛のない話をしながら電車に乗っていて
西大寺奈良線に乗り換えて、生駒のトンネルに入ったら、ふと先輩が
だまりこんでしまった。どうしたのかな?と思っていたら、カバンの中から
メガネを取り出してかけた時、トンネルを抜けて石切に到着し、眼下に
夜景がひろがったのである。
「ここの夜景を見ると、ホッとする」
だったか何だったか忘れたけど、夜景に関するコメントと夜景を見るために
必ず座席の位置も確保するのだ、という話を聞いたのだった。

きれいな夜景を見て素直に感激した。そして、メガネフェチの私は
隣でメガネを取り出してかけるという先輩の行為にドキドキし、
(あくまでも「メガネ」で「サングラス」は不可)
夜景を見ながら独り言のようにつぶやいたセリフで「落ちた」のである。
大学入学して早々に落ちた恋は、2週間後くらいに先輩に彼女がいると
知ってはかなく散ってしまった。
彼女は先輩と同じ学年の人で、あの人なら仕方ないなぁ、と思い、恋心より
尊敬の眼差しの方が強かったので、ふられたー!って感じでもなく、そのまま
敬愛の対象として存在し続け、お二人から存分にかわいがっていただいた。
何の因果か3年後には私自身が指揮者に就任することになり、元指揮者として
忌憚なく叱咤激励してくれるありがたい存在だった。
卒業後に結婚された時は結婚式の受付に指名していただいたし、その後も新婚
家庭に遊びに行ったりとお付き合いが続いている。
そうそう、結婚式はちょうど練習のある土曜日で、私が指揮者を務めていた時で
「練習なんか休みます」と言ったら、「指揮者として自分からそんなことを
言ったら絶対にダメだ。ちゃんと練習に間に合うように帰すから」と言われて、
本当に練習に間に合うように式場から蹴り出されるかのように帰らされたのが
今となっては良い思い出だったりする。

大学卒業以来、もしかしたら見たことなかったかもしれない石切からの
夜景を見て、大学時代の淡い恋の思い出なんかがよみがえったのだった。