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受胎告知みたいなもの

初マタ日記

受胎告知と書くと大げさですが、自分が近い将来、妊娠することは確信していました。

38歳の誕生日を過ぎた頃、
「これから妊娠して子どもを作ることになるから、母胎を準備しなくてはいけない」
と確信めいたものがおりてきました。そこで始めたのが、冷え取りです。元々、冷やさないように心がけてましたが、靴下の重ね履きなど、本格的に冷え取りを始めました。ストイックにはしてませんが、冬だけではなく、夏もずっと靴下の重ね履きをしてました。夏のサンダルも、週末のおでかけ時に限り、会社に行くときなど日常では重ね履きをしてました。特に、夜寝るときの重ね履きは年中欠かしませんでした。

20代は、生理不順に悩まされ、婦人科にずっと通院していました。その頃から基礎体温をつけ始めて、無排卵の傾向があるのも分かっていたので、将来妊娠できるように身体を整えないといけないと、20代の頃から自分の身体に対する意識は高めであったと言えます。

食べるものや生活習慣にも気を遣ってきました。会社の仕事は残業が長く、ストレスいっぱいだったので、
「こんな環境じゃ子どもができない。子どもの為には今の会社を辞めないと。。」
なんて思ったり。なので、2月末で急に会社を辞めることになった時
「子どもが予想以上に早くできるのかも」
という予感がありました。

2月末の最終出社日の後、どんなに眠っても身体の疲れが取れないため、他人の手を借りないと無理だと、整体を受けに行きました。整体が終わった後、整体師さんから藪から棒に
「Emmeryちゃん、子どもが二人、いや、一人。。うーん、二人かどうか分からないけど、間違いなく一人はすぐできるわ。」
と言われたのでした。盲目の整体師さんなのですが、目に見えない何かが「視える」人なのです。この時、彼女にはこれから私に宿る子どもが視えてたのでしょうね。

彼女以外の「視える」人が、近々結婚して妊娠する人は、その時につきあってる人がいなくても、その時につきあってる人がいなくても、生まれてくる子どもが「視える」と言ってたのを聞いたことがあります。生まれてくる予定の子どもが両親になる人を引き合わせるのだと。

話を聞いた時は「ふーん」って思ってましたが、振り返ってみて、38歳になって「これから妊娠出産する」と確信した時、今、私のおなかの中にいる子は、空の上で母になる私を既に見ていたのでしょう。そして、妊娠しやすい身体作りを進めさせ、準備が整ったところで父親になる人を寄越したのでしょう。そして、自分が安心して母親のおなかに降りて育つことができるよう、あっという間に結婚と退職、住環境を整えさせたのでしょう。妊娠したのは、現在の新居の契約が整った直後と計算できるので、本当に見事としか言いようがないのです。

こんな風に、空の上で準備を整えさせてから私のおなかに降りてきた子は、どんな子なのでしょうか。多くの子どもは、出生前の記憶を持って生まれてくるというので、生まれてきたら記憶を失うまでに訊いてみたいですね。