女の子だけど

父と妹のダンナの誕生日祝いの席で、何の話からか妹のダンナが、
自分の嫁はそこいらの男よりも(良い意味で)男っぽい
と言ったところ、母が
「私は息子が欲しかったけど、娘しか産まれなかったから女の子だけど男の子を育てるように娘たちは育てた。」
と、言い出した。

まぁ、なんとも私のかーちゃんらしい物言いだった訳です。
娘として母の言ったことに間違いはないと思うのです。
で、ある意味、これは成功したと思うのですよ。
うっかりガシガシ働いて、上に登ってったりする様なんかさ。
でも、その裏で女らしさに欠けるって言いますか、世間で言う「女としての勝ち」を知らないできたって言いますか。。

ずっと前に彼氏なる存在がおった頃、彼氏からも
「僕よりも中身は男っぽい」
とよく言われておりましたし、女の子から
「あー、Emmeryさんが男の人だったらなぁ!」
と言われたことも多々。。。。。。

でもねぇ、女の子なのに男の子を育てたつもりならば、
娘が仕事に勤しんで、なかなか結婚しないでいるのは
自分の育て方にあるんだと自覚してほしいよね。
今さら「女の子なんだから、仕事はお気楽にそこそこで十分」なんて言い出したって遅すぎる。

前に「引き裂かれる私」ってエントリで書いたことがあるけど、
母から娘へのメッセージが「男の子にも負けるな。クラスで一番になれ」と 言っていたのが、あるときから「男の人に上手に負けなさい」に変わる。
自己実現での勝ちを応援していたのが、女性としての勝ちを優先させろ、
に変わってしまう。
どっちをとっても「生きられなかったもう一人の自分」ができる。
ついでに書けば「自己実現もして、かつ、女性としても勝て」というメッセージもある。

私ね、今でも時々思うの。
脇目もふらずに勉強さえしていたら褒めてもらえた学生時代が良かった、と。
お化粧に華美な服装禁止、男女交際禁止、良い大学に入るためにひたすら勉強をしていたらそれだけで良かったあの時代。

それが、ある日を境に逆になる。
女の子はお化粧して華美な服装をして彼氏がいてなくちゃ、に。

私は引き裂かれたまま、外見も性別も性自認も女性なんだけど、中身は女になりきれないまま、どこか途方に暮れながら、30年以上生きてきてしまったさ。

「女の子だけど女の子を育てるように育てなかった」と言うのならこんな娘ができあがった責任?の所在の一つには自分の育て方にもあるって。。。思ってるんやろか。