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「告白」ライブ評@読売新聞

岡村ちゃんFM802つながりでもう一つ。
11月21日に読売新聞の大阪版の夕刊の「私の音楽評」で、
FM802の番組ディレクターの大内幹男氏によるライブ評が掲載されました。

どこかにアップされるのかなぁ?と思って様子眺めをしてきたのだけどアップされる気配がないのでご紹介。

「私の音楽評」 大内幹男

岡村靖幸

外しに魅力 欲望強く肯定

 2003年に7年ふりの復活を果たしてから、さらに3年の空白を置いてのライブ。
あるいはリハビリ的なものになるのかなと思っていたら見事に本気だった。
 完璧主義者ではあるが「岡村ちゃん」の愛称どおり、どこか外したところに魅力があるひとだ。同じ天才肌の人間でいえば長嶋茂雄に近い存在だと思う。
 満員の場内は30代の観客が中心だが、服装も雰囲気もまるでバラバラ。
なのに不思議と一体感がある。待たれている感じがひしひしと伝わってくる。
 実際、本人が黒のスーツ姿で登場したときは半狂乱の状態の陥った。
いい歳した人間でいっぱいのはずのスタンディングエリアは大きな渦を巻いて右へ左へとうねった。
 もともとが、敬愛する音楽家プリンスにならって、性的な欲望や妄想を陽のもとに引きずり出したひとである。浮かれ気味の80年代後半を舞台に、ナルシシズムとコンプレックスのあいだで煩悶する男子の心情を都会的なビートに乗せて喝采を得たものだった。いってみれば文化系ファンクのエースである。
 この日も7人編成のバンドと2人のダンサーを従えてターンやスピンを決め、側転まで披露してくれた。
 ただ20年近く前に生み出された彼の作品群の多くは、鋭くはあっても、あまりにもその時代の風俗に寄り添いすぎているようにも思えた。だから後世に至ってどこまで残るのかは疑問だったのだが、違った。
 サウンドは変わらず扇情的だし、卓抜な言語感覚でひとの心理の急所を突く歌詞はすぐれて普遍的だ。
 欲望を抱いてしまう自分自身は卑しくよこしまで否定すべき存在であったとしても、欲望そのものは肯定してみせよう、そういう強い意志を感じる。
 だから一度でも彼の音楽に熱狂した覚えのある人間は、あの高音のシャウトと流し目に出会うとネジが飛んだようになって、欲望に忠実になるのではないか。
 背後の席ではステージに合わせてずっと歌い続けている男の子がいた。
全曲諳んじているのだ。ライブでは詞が聞き取りにくくなるのが残念と思っていたが、心配はないようだ。
 あとは新しい曲がもっと聴ければいうことはない。

FM802番組ディレクター)
−13日、なんばHatch


2007年11月21日読売新聞夕刊より


「パワフルなライブを披露する岡村靖幸」のコピーと共に赤いトレンチを着たライブ中の写真があったのですけど、ちょっとイマイチでしてね。。