泣きたいとき

<Emmery Annexの過去ログ>

悲しいことがあったわけではないけれど、とにかく泣いて泣いて泣きじゃくって、泣き疲れるまで号泣したいと思うことが時々あります。まだ読んだことはないけれど、江國香織さんの本に「号泣する準備はできていた」というタイトルがありますね。
真似ではないけれど、ちょうど今、号泣する準備はできているって感じ。
多分、過酷に忙しい日々が続いてストレスがたまっているせいだと思います。
「泣く」という行為は感情発散にあたるのでストレス解消に役立つのです。

そんなことをつらつらと考えながら「弱い自分を認めるということ」で引用した「リンカラン」に掲載された由井寅子さんの記事を思い出していました。

男性でもそうだけど、みんなボロボロ泣いたらいいと思います。
弱い個性を出せる人は、実は強いのですよ。
泣かないと鼻水で泣いたり、おりもので泣いたりするから。
だから、泣くべきときに泣かないと、細胞はその悲しみやつらさを覚えていて、細胞で泣くようになってします。

私は以前、泣くべきときに泣かないで、病気になってしまったことがあります。
あふれ出てきた感情をぐっと堪えすぎた為です。
悲しすぎて涙がでないと言う経験もしたことがあります。
この時も後から身体に症状が出てきて、別な意味で大変な思いをしました。
泣くべきときに泣かないと、細胞がその悲しみやつらさを覚えている、
ということを身を持って知りました。

だから、どんなに長い間泣いている人がいたとしても、
「いい加減、泣きやんだら?」
なんてことを私は言いません。
本人の気が済むまで、涙枯れるまで泣くのが一番ですから。

私自身、泣くことを我慢して、我慢したこととは別で痛い思いをした経験から泣きたいときは泣くようにしています。歳を重ねるにつれ、涙もろさが加速度を増しているので、お恥ずかしいくらい本当によく泣くのですけど、心と身体の両方の健康に役立っています。

共振の月13日 KIN24/気づきを解き放つ 黄色いスペクトルの種