「妄想大学見学記 2」 その1

SWITCH 1月号、早速買ってきました。
今月は岡村ちゃん東京経済大学に行って、実際に授業も受けて、
「なんで大学行ってるの?」座談会。
読みながら、大学時代のあれやこれやを思い出してしまって、
かなり長くなりそうなので、分けて書こうかと思います。
今回は題して「大学で学ぶことって?」

「妄想大学見学記」は、大学によっていろいろな傾向を
みつけようと思って始めた企画らしいですが、
どの大学とか言う前に「大学生」って、もっと強い何かがある

岡村ちゃんは気づき、語ってます。

突き詰めていけば、大学別にカラーも見えてくるでしょうけど、
一般的には「大学生」って十把一絡げにできんじゃないかって思ってます。

私が大学生だった時代は、就職が厳しい時代ではあったけど、
まだ学生時代は勉強よりも遊んで当然な風潮でした。
だから日本の大学は。。と、大学が遊び場であることを憂う人がいる一方で、
とある文化人(名前忘れた)が、
「日本人はずっと勉強してきて、大学卒業したらずっと働く訳で、
大学時代に遊ばなくて、人生でいつで遊ぶのか」
というようなことを言っていたのが印象的だったそんな時代。

今回登場した学生さん達は、偶然にも、経済を学びたくて
経済大学を選んだ人たちがいません。
そんなもんって言えばそうかもしれない。
「大学の四年間は、ゆっくり自分がやりたいことを見つけるには格好のタイミング」
岡村ちゃんは言い、学生さん達はそれに同意するんだけど、
私はちょいと腑に落ちない感を味わいました。
日本の大学って、専攻まで決めて受験しないといけないでしょ。
18歳で「自分はこれを学びたい」と決めて受験できる人って、
そんなにいないと思うの。
私はきっちり決めて入ったけど、友達の中には
「なんでその専攻選んだの?」
な人もいて、そんな人はたいがい
「受験の日取りが。。」
といった程度のノリで、学部については考慮してなかった。
そんな人が、「・・・について学びたい」と思った時、
いわゆる「自分がやりたいことを見つけた時」
それが自分の所属する学部内でできることなら良いけど、
そうではない時、日本の大学はあまり融通が利かないから辛い
と私は思ってる。
最近は、かなり融通が利くようになったみたいではあるけどね。

私自身、学生時代に途中で社会学に傾倒したことがあって、
社会学を真剣にやりたいなーって思った。
その時、あれは何の授業だったか、社会学専攻の人たちが大勢いて、
みんなで課題の話をしているのだけど、その話を聞いて「社会学、いいなー」
ってうらやましくなった記憶があります。
自分の専攻も、高校時代に学びたい、と望んで決めたので、
専攻を変えたい、という域に達することはなかったですが、
アメリカの大学では、「女性学」専攻でしたが、社会学主体で女性学を勉強してました。

余談ですが、女性学フェミニズムを想像する人が多いと思うけど、
それは女性学の一部で、女性学ってのは女性に関する研究一般を指します。
女性の歴史、経済、健康、女流文学。。
女性に関することなら何でも女性学なんですよ。
アリス・ウォーカー研究なんかも、女性学のくくりにできるわけ。


大学を「自分のやりたいことをみつけるタイミング」とするなら
アメリカの大学みたいに、最初の2年間は一般教養をとって、
その後に専攻を決めるスタイルが良いんじゃないかなって思う。
日本の場合は、最初に選んで、後で気に入らなくても簡単に
変えることできないから、この学部に入っちゃったから、
その中から選ばなきゃ、になりがちでしょ。
その上、必死になって勉強しなくても単位取得できる授業も
文系だと結構あるし、何を勉強したでもなく、
少しずつ授業を聞きかじったような状態でも
卒業できちゃったりする訳です。
日本の会社も、即戦力を期待してないし、
会社カラーに染まってもらうため
「真っ白な状態で来て下さい」な時代でしたしね。
あくまで、私の学生時代の話です。
私が大学卒業してから10年経つので、その辺り
ずいぶんと変わってきたのでは?と思います。

とはいえ、座談会を読んでたら、本質的なところは
あまり変わってない感じがする。
そして、多分なんだけど、岡村ちゃんは大学って
もっと崇高な場所だと思ってそう。
行ってないが故に。
見学を続けている内に、岡村ちゃんの大学観も変わっていくのでしょうね。
岡村ちゃん視点のお話は、別の機会に。