エライことになった

日曜の晩から「うっわー、エライことになってしもた」と、
オタオタしておりました。

最近、アクセス数がガタ落ちしたことを良いことに
誰も読まんでねーんだから、とばかりに
内輪ネタよろしく学生時代に自分が所属していたサークル名を
こともあろうに冠付きのフルネームで書いてみたら思いもしなかった
展開になりました。実に私らしいと言えば、私らしいのかも。

関学ハモソの方からコメントをいただいただけでなく、
来年の関学ハモソの45周年を機会に同関の交流ができたらと
お声かけいただきまして、あぁ、ポロッと書いたことが
こんなことに発展していくなんて。。と驚いておりました。
mixiにトピまでたてていただいて、こうなったら、キッカケを作った者として
腹くくって逃げも隠れもしませんよ。

休眠に入る直前にいたから、いろんなゴタゴタを体験したわけで、
あれやこれやと複雑な思いもよぎります。今回の話をして
「水を差すようですが」と、パシーンと返されたこともあって、
いろんな人にいろんな思いがあって、懐かしいなぁ、だけでは終わらない
ってことを思い知った。
私が四回生で指揮者になった時の事情も、思い起こせばイタイことだ。
そして、後輩達と役員を一緒にやったからか、どこかで自分一人だけ良い思いを
して皆を残してイチヌケしたという後味の悪さとか。
仮に留年して残ったとしても結果は同じだったのだろうけど。
私がぶっ壊したわけではないけど、なんとかならなかったのだろうかと、
今でも思ったりする。

「おまえは責任をとって辞めるということは絶対にやったらあかん。
責任をとって最後まで残れ。」
と相方に言われたこと。
「Emmeryさんはとにかくいつもみんなの前では笑っていてください。
Emmeryさんが笑っていてくれたら僕ら、安心して前に進んでいけますから」
って一緒に役員をやった後輩に言われたこと。
今でも忘れられない。

そういう意味では、良い機会を与えてもらったのだと思う。
母屋がなくなった今、カミングホームはできないけれど、
関学の胸をかりてリユニオンの機会をいただけそうなのだから。

せっかくいただいたご縁を大切に、バラバラに存在しているものを
出会いや再会を喜びながら、つないでいけたら良いなと思ってます。
ハーモニカの人たちはともかく中間やバックの人たちは
仮にmixiにいてもハーモニカ関連のコミュにはいてないでしょうから、
リアルでもぼちぼちと今もつながっている人たちに声をかけて、
輪を広げていけたらと。

この先どうなっていくか分からないけど、堅苦しいこと抜きで、楽しみながら
年代や学校の違いを超えてハモソの仲間たちと何かできたら良いなと思ってます。
ハモソが大好きな人間として。本当にそれだけですよ。