とむらい

結婚した妹のダンナさんのおばあさんが亡くなったのでお通夜へ。

「神式だから数珠はいらない」
と聞かされ、神式のお通夜って初めてやなぁ、と、
会社でいろいろと調べてみた。
でも、いまひとつ良く分からなかったので
体験してみるしかないと、会場へ。

会社を早退して向かい、途中で合流しようと、いもーとちんから
メールが届いたので進捗を返信しつつ、その流れで母にもメール。
一応アドレスは知ってたけど、メールしたことなかったなぁ
って思っていたら、ほどなく母から返事があって、見てみると
絵文字が入っていて、ひっくり返りそうになった。
私とメールをしたことがある人は、だいたい分かると思うけど、
基本的に顔文字も絵文字も使わないんでね。相手が使ってきたら
それに合わせて頑張って使ってみる、みたいな。

最寄り駅で母と合流して会場へ。
神式ということで、職員の方が式の進み方などを説明してくれていたのに
お手洗いに行ってる間に逃してしまい、これはもう、皆がやっているのを
目を皿のようにして見て、マネするしかない!と。

式次第が配られ、お通夜は「通夜祭」って言うのを知った。
神主さん(斎主さん)が取り仕切りはるんですね。
お経の代わりに詞があり、お焼香の代わりに玉串奉奠(たまぐしほうてん)
二礼・二拍手・一礼の柏手は、音を立てない「しのび手」
仏教のお通夜と違うことばかりで、興味深かったです。
消灯、とかいって、くらーくなったりとか。

終わった後で話を聞いてみると、おばあさんの息子さんが、
「線香臭いのはイヤ」という理由で神式にしはったらしい。
そういえばお線香もありませんでした。
あれは仏教のものだったのですね。
親戚一同、誰も神式を知らなかったから上から下への大騒ぎだったと、
ついでに斎主をしてくれはった方も今回が初めてだったのだとか。
神式のお通夜、お葬式って聞かないですものね。

今回亡くなったおばあさんは、101歳で、大往生であった。
定期的に数日の入退院を繰り返していたけど、最後まで元気で、
まさか亡くなるとは、といった感じだったらしい。
亡くなる直前まで声をかけたら返事があったようで、
うまい具合に皆が亡くなるまでに病室に集まることができて
顔を見てお別れができたようである。
最後まで元気に過ごして、コトッと亡くなるという、
皆が「理想」という亡くなり方でしたね。

妹の結婚式の時に一度お会いしたきりだったので、ほとんど
面識はなかったのだけど、遺影に使われた100歳のお祝いの時の
写真を見ていると、到底そんな風に見えない若さ。
お顔を見せてもらうと、とてもキレイだった。

親族が、亡くなって淋しいは淋しいけど、大往生なので、
思い残すことはないなぁ、といった感じだったのが印象的だった。