あなたに電話

8月の終わりに朝晩の風が涼しくなると、普段は忘れているけれど、
勝手に侵入してくる記憶がある。
早いもので、あれから満10年が過ぎて11年目になる。
10年一昔というけれど、あれは私の中で昔になったのだろうか。
10年前の出来事が、昨日のことのように思い出せる、とは言わないけれど
4ヶ月前に彼氏と別れたことと同じくらいの鮮度であり続けている。
渡辺美里は「来週も10年先もただのTomorrow」と歌ったけど、
私にとって「4ヶ月前も10年前もただのYesterday」

New Decadeを迎えるにあたり、私は何かを確認したくなった。
後輩に電話番号を教えてもらって、久しぶりに電話をかけてみた。
電話番号は知っていたけど、ずっと前に捨ててしまっていた。

「あんさんが電話かけてきたってことは、(仲間内に)何かあったんか?」
開口一番、あなたは言う。

「気まぐれや、単なる気まぐれ」
と言ってみて
「この時期になるとな、思い出すことがあるねん。。」
と付け足してみたけど、とりたてて反応がなかったから
「あ、いや、そんなこと、どうでもいいねん。」
慌ててまた付け足す。

「そんなこと」って、10年前の8月最後の日曜の晩に
あなたと私の間で起こったことを忘れた、とは言わせない。

「あれから10年経ってんで。10年やで、10年。信じられへんわ。
なぁ、(時が過ぎるのは)速かった?遅かった?」
「そっか、あれから10年経つねんな。」
私が指す「あれ」とあなたの言う「あれ」が一致していないことは分かってる。
あなたにとっての「あれ」は大学卒業で、私にとっての「あれ」は。。

あれから10年、振り返ってみたらあっという間だったよ。
私は10年間、自分の中にある狂気を飼い慣らす為に腐心した。
10年が経って、私の中の狂気が私の中で猛り狂っても、それに私がのまれず、
何とかコントロールできるようになったよ。
あなたの10年間は、どうだった?

淡々と近況報告をお互いにしあいながら、私はあまりにも自分の心が
無反応というか、何の感情も湧き上がってこないことに拍子抜けしていた。
10年経って、やっとここまできた。
でも、あなたを許せたのかどうか、まだ分からない。

今度また会おう
とか
これからはもっと頻繁に連絡をとりあおう
とか
メールアドレスを交換してメールのやり取りでもしよう
みたいな、未来につながることは一切言ってこなかったね。
そのことに安堵しながら、分かっていないふりをしながら、
あなたは実のところ、どこかで分かってるんだろうな、と思う。
10年前の8月最後の日曜日の晩に、あなたが「交通事故みたいなもの」
と称した過ちと、私がそれを未だに許していないことを。