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強い感情の根底にあるもの

<Emmery Annexの過去ログ>

毎日、朝起きたら、体温計をくわえたまま(基礎体温つけてるので)PCに手をのばしてスイッチを入れて、まずチェックするのが、
おなじみ「インナーメッセンジャー

実に私の生活とシンクロすることが多いため、今日はどんなメッセージが送られてくるのだろう、と楽しみにしています。

強い感情が湧き起こった時は、いったい何が原因でその感情が生み出されるのか、ということをプロセスと共に観察することが大切で、ただただ、その感情に囚われている間は何度も同じ事を繰り返してしまう、ということを前に書いたことがあります。

この数日間に送られてきたメッセージは、その時よりも、もう少し踏み込んだものです。

感情はそれを本来向けるべき対象でないものに向けたとき、強く湧き上がるということが起きます。その対象に向けるべきでない、という矛盾に心の底では気づいているのでそれを無視するために必要以上に強調せずにいられないのです。
(5月26日)

ですから自分のなかに強い感情が沸き起こってきたときは自分が本当は何に対して怒ったり哀しんだりしているのかに気づくためのチャンスとなります。その感情に寄り添って本当は誰に何をいいたいと感じているのか?を自分に問いかけてみてください。
(5月27日)

そしてその感情の多くは実際には表現したい相手がそれを受けとらない、あるいは受け取れない、という判断によって自分が感じないようにしてきたものでしょう。このときこそすべての存在が永遠であることを思い出してください。この感情を伝えられるときが必ず来るのです。もし相手が肉体を持たない存在であればあなたが感じていることはいまこの瞬間に気づいています。
(5月28日)

これまで、怒りであったり哀しみであったり、強い感情が湧き起こると怒りに対しては、自分の器の小ささを、哀しみに対しては、自分がいつまでもある物事に囚われすぎていると、強い感情に対して否定的でした。でも、すでに感じているのだから、否定も肯定もせずにただ「感じる」ことが大切なんだと思えるようになりました。

そして、自分の中に強い感情が湧き起こるときは、その感情を湧き起こすボタンみたいなものがあって、何かをきっかけにそのボタンが押されてしまい、感情にスイッチが入るのだ、と考えるようになり、その「きっかけ」は何だろう、と感情が起こるたびに原因をみつめてきて、全部は分からないにしても、いくつかは理由がはっきりしてきました。

そこで、この数日のメッセージです。

「本当は何に対して怒ったり哀しんだりしているのか」
「誰に何をいいたいと感じているのか」

強い感情が湧き起こる時を振り返ると、確かにきっかけは何であれ、
「・・・であれば良かったのに」といったような思いが根底にあるな、と気づきました。その思いをきちんと相手に表現しない、もしくは、しても仕方ない、と勝手に自分が思いこむことで処理してきました。でも、それは自分の勝手な判断だったようです。

なかなか他人、特に両親に対してはモノをはっきりと言えないでいるのでことさら両親からかけられる言葉に反発することが多いのですが、ただ反発するだけじゃなくて、
「本当は誰に何を言いたいのか」
と自分に問うてみることにします。
そして、そこで出てきた答えは、その時すぐに表現できなかったとしてもいつか必ず伝えられる時がくる、どこかで伝えよう、と思っています。

スペクトルの月27日 KIN45/本能をつり合わせる 赤い律動の蛇