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地蔵盆

先週末は地蔵盆でした。

父方の祖父母の家の裏にお地蔵さんがあり、子どもの頃は、とても楽しみな行事でした。現在は、父の会社の敷地内にお地蔵さんがあり、地蔵盆が会社が休みとぶつかる時のみ、手伝いに行ってます。前回、手伝いに行ったのはいつだったかと調べてみたら5年前でした。(10年もブログをやってると、こういうとき便利ですね)

今回は、息子と妹の子どもたちのために、お地蔵さんの前掛けを三つ作りました。初めてでしたので、あちこち調べながら作ってみました。ミシンがあったら楽なんですが、実家に帰るのも面倒でしたので、夜なべしてチクチクと手縫いで作りました。とっとと作っておけば夜なべする必要はなかったのですが。。作ったら作った出、何を書いたら良いのか分からず、父に現場へ見に行ってもらいました。

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土曜日はコンテストだったから行かなかったけれど、日曜日は息子をつれていきました。駅で一番下の妹と偶然出会い、一緒に行きました。一番下の妹は、場所を検索しないと行き方が分からない、なんて言ってまして、生まれた時には父方の祖父母はもう亡くなってましたので、そうか、そんなもんか、、と。

日曜日の午後、天気も良くなかったせいもあって、早々に片付けたところも多かったようで、そこここで地蔵盆の集まりをしている様子は見ることができませんでした。
子どもの頃は、祖父母の家に行くまでに、あちこちで声をかけてもらってお菓子をもらったものです。

息子がおとなしくお地蔵さんのお守りをするわけないので、私は息子を追い掛け回してるだけになってしまったのですが、久しぶりに子どもの頃を思い出しながら、町の変化を確認してました。家が壊されて高いビルになったり、駐車場になったり、昔のままの場所もありますが、時と共に景色は少しずつ移ろっています。

これまでお地蔵さんは、祖父が建立したと思っていたのですが、そうではなく、父の母の父(私にとって曾祖父)が当時住んでいた場所に建立したのだそうです。
戦争の時に、お地蔵さんの頭を失ってしまい、今は首から下しかないらしいのですが、いつも祠の中にいるので、知りませんでした。
今回も前掛けをつける時にはいませんでしたので、確認できませんでした。
戦後、祖父が今の場所に移ってきた時、お地蔵さんも一緒に連れてきたのだとか。
そして、会社のビルが建った時、ビルの敷地内にお地蔵さんを設置して、現在に至ります。そんな経緯もあってか、今回、父の母方の筋の親戚がお守りでおりました。

お地蔵さんの周りに飾る提灯も、私とすぐ下の妹の分は、劣化して使えなくなってしまったそうで、一番下の妹の分はありました。
来年には、私と妹の息子達の提灯を三組作ってもらうことにしました。
(本来は、もう作ってあって然るべきなんですが、父が失念していただけです)

父方の祖父母は早くに亡くなりましたので、たまーにこうやって昔を偲べる機会があるのは良いことだと思いました。
もう少ししたら、息子も地蔵盆を楽しみにできるようになりますしね。