good huzの条件

内田センセと三砂ちづるさん(「オニババ化する身体」の著者)の対談集「身体知」を読んでいて目を引いたこと。

 

身体知―カラダをちゃんと使うと幸せがやってくる (講談社+α文庫)

身体知―カラダをちゃんと使うと幸せがやってくる (講談社+α文庫)

 

 



三砂さんが、以下のことをおっしゃいます。
最終的にどんな人と結婚しても、そんなに大差はないのではないか
結婚に大切なのは、この人と生活していこうと思う意思ではないでしょうか


結婚の相手なんて誰でもいい、というは同意見だと内田センセもおっしゃる。

1人の男としては全員まるで違うけれど、制度的な「夫」というものになったら、そんなに個性なんか発揮しようがないから、どうしたってみな似たようなものになるし、ダメな夫といい夫の違いって、ちゃんと給料を稼ぐとか、暴力をふるわないとか、家事をやるとか、わずかな評価項目でしかないからなんだとか。

そういうものなんでしょうか。でも、突き詰めていけば確かに評価項目なんてわずかにしかないのかもしれない。

ふーんって思いつつも、ギクリとしながら読んだのが以下の内田センセの発言。

学生たちに「はやく結婚しろ」とせっつく理由の一つは、いい男から順番に売れていくからなんです。いい男ほど結婚が早いというのはぼくの経験的確信なんです。だって、どんな女の子とでもそこそこハッピーになれる才能がある、というのがいい男の条件なんだから。ものごとにこだわりがなくて、好き嫌いがなくて、「妻たるものこうでなくてはならない」というような硬直したイデオロギーがなくて、妻があれこれ言っても「あ、そう、別に。好きにしたら」というのが「いい夫」でしょ。そういう男は好き嫌いを言わないから、女の子に「結婚しない?」と言われると、「うん」てすぐ返事しちゃう。「私はこれこれこういう条件の女じゃないと結婚しない」というようなことを言ってる男はなかなか相手がみつからなくて晩婚になるわけですけど、そういう男って、夫にした場合にいちばん面倒なタイプじゃないですか。だから、結婚を先延ばしにしていると、「夫に向かない男たち」の中から選ぶしかなくなる。
「いい夫」の条件って、「がたがた文句を言わない」ということに尽きるわけでしょう。お金があってもなくても「別にいいよ」、子どものでき具合が多少でこぼこでも「別にいいよ」と気楽に受け流してくれる男が、結婚して一緒に暮す上でいちばん気楽なんですから。そういう男は出会い頭の女の子と「うん、別にいいよ」で、ぱたぱたっと結婚しちゃうから、すぐに「品切れ」になる。早く結婚するほうがいい男をつかまえるチャンスは高いよと学生に言って聞かせているんです。


「いい夫」の条件って、「がたがた文句を言わない」ということに尽きるのかどうかは、結婚している方に尋ねるしかないのですけど、どうなのでしょう。
ずーっと「がたがた文句を言わない」夫のままでいてくれるのか、どこかの時点で豹変しちゃったりしないのかしら。「うん、別にいいよ」が単なる無関心なだけだったりしたら、諍いの元になったりしないのかしら、とか、それは未婚の私の考えすぎなんでしょうか。

ただ、年齢を重ねるほど、余計な条件がどんどん積み重なっていって結婚が遠のく、というのは大いにあると思います。良いなと思ったら既婚者だった、とかね。

お見合いを何度もしてきた経験から、40歳近くになっても未婚の男性は結婚を難しくさせる理由が何らかあるような気がします。
それは、女性にも同じことが言えるのですけどね。
まー、そういう意味では私が現在未婚の理由は・・理由は・・
明白なんですけど、他人のせいにしても仕方ないし。
長く学生をやりすぎたってのも理由の一つでしょうね。
社会に出るのが遅かった分、精神年齢も幼いし、結婚願望よりもキャリアを早く積みたい欲の方が強かったし。

お見合いしていて思うのですけど、生理的に受け付けない人は、どんなに慣れようと頑張ってもやっぱりダメです。お見合いイヤー!って言ってる私がワガママなのかも、って思ったりもしたけど、会うのが嫌で病気になったりした日には、説明できないけど嫌なものは嫌なんだ、
としか言いようが。。。そんな人とは、どう頑張っても、一緒に生活していこうなんて思えない。というか、これ以上、頑張りたくない。。